結局何が言いたいのか

朝起きてワードを立ち上げ今日も文章を書く。

自分の媒体だから、誰に遠慮もいらない。複数人での会話は楽しいときもあるが、遠慮がちになってしまい話に参加できず、つまらなく感じてしまうことの方が多い。

ネットなら、自分の好きな時に書けるし、相手も好きな時に読める。気楽だ。

とはいえ書く以上、誰かに読んでもらいたいのだから、読み手を配慮した書き手を目指す。そうしていつか、誰かと交流ができれば嬉しい。

書く練習というが、ただ書き散らしていても上手くならない。何もしないよりはいいが、それだと進歩が遅い。うまい人はどういう書き方をしているのか、それを学んで自分でも試してみる。毎度新しいことを試して、何が良くて、駄目だったかチェックできるといい。

俺の場合、文章は好きな作家さんのものを1冊選んで、繰り返し読む。読むうちに、内容が理解できてくると、今度は1文の中での言葉の配置に目がいくようになる。シーンを描くときの視点の動きや、一文の中のどこにリアクションを挟むかなど、パターンを発見していく。それらをこの場で実際に使ってみて自分のものにしていきたい。

改めて、どの1冊を選ぶか、つまり誰を先生に選ぶかは重要に思う。

なんでもそうなのだろう。

費用対効果を考える。

お金があるなら、情報は金で買った方が早い。

お金が無いなら、教育者から学んだ方がいい。無償の愛を持っていそうな人。

あとは何を学びたいかによって相手を選ぶ。

芸術性の高い文章は小説家から学ぶが、お金稼ぎの文章は経営者から学ぶ。

小説家って感受性があって、人生の機微を学ぶにはいいが、自分はじり貧な場合が多い。お金よりも、文章の美しさや構成、こちらへの配慮に力を入れている。

その点経営者は、言葉をお金稼ぎのツールとして見ていて、思考も単純明快で、即行動に落とし込めそうなロジックを教えてくれる。

今日は、お金を稼ぐ才能の塊みたいな人から、エキスを絞りとっていく1日にしよう。